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スペシャルインタビュー

第5回:日本フットサルリーグ 育成ダイレクター:木暮 賢一郎さん

「フットサルの楽しさ?それはスピード感と臨場感かな。間近で見ると迫力ありますよ」
PROFILE

●木暮賢一郎 (こぐれ・けんいちろう)

1979年生まれ。WINNING DOGS、FIRE FOX を経て2005年にスペイン2部リーグのCLIPEUS F.S. NAZARENO、2007年に同1部のCARINCER TORREJO’Nでプレー。2008年から2013年の引退までF リーグの名古屋オーシャンズに所属。大学3年生時に日本代表に選出され、FIFAワールドカップ3度出場、AFC※フットサル選手権10度出場。AFCフットサル選手権で2度のMVP獲得、同得点王、AFC最優秀フットサルプレーヤー受賞など、数々のタイトルを獲得。2013年、FリーグU23選抜チームの監督に就任。 ※Asian Football Confederation

アマチュア時代でも、気持ちや姿勢はプロフェッショナルであろうと心掛けていた

★フットサルを始めたきっかけは?

木暮:

子どもの頃からプロサッカー選手を目指していました。フットサルに転向したのは大学に入ってからです。当時、アマチュアチームに所属していましたが、関東選抜チームに招聘されて、全国フットサル選抜大会で準優勝しました。そのとき“もう少し力をつければ上に行けるな”という感触がつかめたんです。それから日本代表チームに入ってワールドカップに出場することを目標に、本格的にフットサルに取り組むようになりました。

★当時のフットサル界、どのような状況だったのですか?

木暮:

まだプロチームも、Fリーグもなく、完全なるアマチュアスポーツでした。社会人の選手が多かったので、練習の時にメンバーが集まらないこともよくありましたよ。幸い自分は学生だったので、日の丸を背負ってピッチに立った時のことをイメージしながら自主トレをしたり、食事にも気を配ったり……。とにかく気持ちや姿勢はプロフェッショナルであろうと心掛けていましたね。

★プロ選手へのこだわり、相当なものでしたね。

木暮:

こだわりというか……執念ですね(笑)。日本代表として活動する中で、どうしてもプロ選手への夢を断ち切れなかったんです。まだ国内にプロチームがなかったので、海外に行くしかありません。スペインがプロリーグの最高峰と言われていたので、2005年6月に行われた第7回AFCフットサル選手権に出場した直後、スペインの2部リーグに移籍しました。

★海外のプロチームで、どうやって自分をアピールしたのですか?

木暮:

スペインのフットサル界には、“どうすれば個人技のブラジルに勝てるか”という考えが根底にあって、チームで戦うという文化が根付いているんです。そうとも知らずにチームに加わった当初、自分をアピールしようとドリブルをしていたら大きな声で“2タッチでやれ!”と怒鳴られたことがありました(笑)。スペインではチームのためにどのようなプレーをするか、チームのためにどう個人技を活かすかということが問われるので、個人技をアピールしても全く評価されないんですよ。

★木暮さんたちの活躍で、フットサルはメジャーになりましたね。

木暮:

ありがとうございます。フットサルを野球やサッカーのようなメジャースポーツにして、プロチームを作ってリーグ戦をしたい。そんな夢を見ながら仲間と突っ走ってきました。日本にもプロチームが出来て、昔の仲間が大勢のサポーターの前でプレーをしている写真を見た時は、自分のことのように嬉しかったですね。でも現状に満足しているわけではありませんよ(笑)。もっともっとアピールしないと!




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